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2016.01.24 16:41|日々の出来事

去年の話をしよう。

まだあの日から一ヶ月も経っていないけど、それはもう「去年」と呼ばれる日の出来事だから。

去った年の話なんだ。



というわけで、寒波と共にこんにちは。

最近まで自分の部屋のエアコンの存在に気が付かなかったあるぐです。

いやはや、エアコンを付けたら寒波とか楽勝やないか。
暖かい。マジ暖かい。てか暑い。エアコンしゅごい抱いて。


そんな部屋からお送りしておりまする、笑う動物。

今回の記事は重そうな書き出しになると思いますが、実際は些細な出来事だから、読んで下さる人は気楽に読んでくれると嬉しいな。


まず去年の秋。


従兄弟が死んだ。


別に大したことではないし、誰だっていつか死ぬのだから、それは全然構わない。

死んだ従兄弟はとても格好が良かった。
子供ながらに初めて「整った顔立ち」というものを彼を見て知った。

従兄弟はやんちゃだった。
年端もいかない頃から毎晩バイクを乗り回し、遊んでいると聞いた。
親族の集まりにも基本的には出てこなかった。


私は実の姉とも7歳離れていて、従兄弟たちとはもっと歳が離れていた。


子供の頃、何の用事だったかは知らないけれど、家族で従兄弟の家に行くことがあった。
私はまだまだ子供で、両親と父の兄である叔父夫婦が話す会話はサッパリ分からなかった。
父の兄の゙奥さん゙と呼ばれる人はこの時で3人目だった。


その時、たまたま従兄弟が帰ってきた。

流れは全く覚えていないけど、その後私は従兄弟の部屋に遊びに行った。


従兄弟が誘ってくれたのか、私が勝手に覗きに行ったのか分からないけれど。


従兄弟の部屋にはバイクの写真がいっぱいあった。
彼は古き良き時代の暴走族だった。
親族の集まりでは見たこともない、笑った従兄弟とその仲間たちの写真が沢山あった。


彼はもう死んだから、もう居ないから、きっと美化している部分はあると思う。
でも部屋の中での従兄弟はとても優しかった。
まだ子供な私に、何か遊び道具になるような面白いものはないかと部屋中を探してくれた。
私は初めて見た特攻服と呼ばれる物だけで十分楽しかったけれど。


私は従兄弟を見て初めて、「整った顔立ち」を知ったと先に書いたけれど、それと同時に「死に急いでいる人」というものを初めて見た。
彼は自分がどうなろうとどうでも良いのだろうなと、子供ながらに感じた。


そしてそれは幼い私の中で強烈な親近感をもたらした。
今でも身内と呼ばれる人の中に、彼ほどの仲間意識を持った人はいない。


「あるぐちゃんは俺みたいになっちゃいかんよ」と従兄弟は笑って言ってくれたけど、私も多分そうなるのだと思ったし、彼もそうなるだろうと思ったから私に言ったのだと思っている。


結果、数年後には私もそうなった。
13歳でバイクに跨ることになった。
夜通し遊んでは、いつ事故を起こそうが、殺されようが、どうでも良かった。

従兄弟の気持ちが分かった。
私の気持ちを分かってくれる身内はその従兄弟だけだと思った。


こうゆう青臭い感情は、若いうちから非行に走った人間は誰しもが持つものだと大人になってから知ったけど、それでもその従兄弟だけは私にとって特別だった。


その従兄弟が死んだ。


相変わらずの不審死だった。
私の耳に入った頃には既に葬儀も終わっていたけど、驚くほど大勢の人が参列したと聞いた。
周りは口を揃えて「まだ若かったのに...」と言うけれど、私からしたら30代まで生きた従兄弟は長生きだった。
もっと早く死ぬと昔から思っていたし、私にとって彼は何より死に急いでいた人だから。


死んだことは本当に全然構わなかった。
只、葬儀にだけは参列したかった。
冥福を祈るわけでもなく、故人を偲ぶわけでもなく、私は単純に従兄弟の亡骸が見たかった。
不謹慎だろうが何だろうが、とにかく見たかった。
火葬される前に、どうしても見たかった。
今まで何人もの身内が亡くなってきたけれど、そんな風に思ったのは従兄弟が初めてだった。


やっぱり彼は特別だった。



これが秋頃の話。



で、まだ続くけど良い?(読んでくれている人頑張って!)




従兄弟の死から2ヶ月くらいが経った冬。
日にちはほぼ年末に近かった。


従兄弟の件に合わせて、仕事でも大きな事件があった。
誰に非がある訳でもなくそれは致し方ない事件だったけど、私の受けたショックは大きかった。
解決策は気持ちの切り替えのみだったけど、私には到底出来なかった。


とにかく眠れなかった。
薬を飲んでも飲んでも眠れなかった。
処方箋以外の市販薬にも頼った。
他にも副作用に眠気があるものなら何でも飲んだ。
でも眠れずに朝を迎えては、薬だけがどんどんと身体に残っていった。


疲労感が半端なかった。
身体は重くて怠く、節々がギシギシと鳴っているみたいだった。
頭は常時、餅でもついてるのかってくらい打撃されるような痛みを持った。
耳もおかしく、甲高い音や轟音みたいなものが繰り返し聞こえた。
自分の部屋には黒くて大きな綿毛のようなものが頻繁に現れ始めた。
元から無かった食欲が更に無くなった。
どんどん訳が分からなくなった。



冬の夜。



完全に限界がきた。
夜道をフラフラと歩いていた私は、すれ違った車から手が伸びてくるのが見えた。
その手は2メートルくらいの長さをもった景色を透かす手で、『 はいはい、幻覚』と最初は思った。
でも一度そう思うと幻覚が止まらなくなった。
すれ違う車から次々に何十本もの手が伸びてきた。
自分が今見えているものは私が想像して作り出したものの筈なのに、いつしかそれが本物になっていった。
想像する私が間違っていて、見えている手は本物なんだと思った。


じゃあ次はきっとこの伸びてくる手に私は引っ張られるんだと想像した。
するとやっぱりそれが本物になって、手たちが道路に手招きを始めた。


どこも怪我などしていないのに、両足を引き摺って歩いた。
身体中が重かった。
自分の居場所が分からなかった。
どこを歩いているのか見当もつかなった。


私、死ぬのかなぁ…と思った。


そう思ったら変な笑いが出た。
今の状態から解放してくれるのならそれはそれで良いかと笑った。


その時、偶然大きな病院が見えた。
本当に偶然だった。
私はとにかくそこまで歩こうと思った。
一瞬の希望が見えた気がした。
病院に行けば助かると思った。


エントランスに辿り着いて、自動ドアの前に立った。
夜も遅いし開かなかったらどうしようと思っていたらすんなり開いた。
中に入って待合室らしきところに座った。
周りの電気は消えていて、照らされた受付カウンターに一人の女性だけが見えた。


私は病院に来たもののどうすれば良いのか分からなくなった。
『死にそうなんです。助けて下さい』。
こんな事を言っては変な人になると変な頭で考えた。
とりあえずここのソファに居れば、道路に引っ張ってくる手は見えない。
一晩ここで眠っては駄目だろうか。
いや、それ以前に薬だ。薬を。薬。
そうだ、薬を貰おう。なんでも良いから治る薬を貰おう。
そう思い立って、受付の女性に話し掛けた。


『ここここここはせせせせ精神かかか科あああありますか?』


吃りが酷かった。声が上手く出なくなっていた。
自分で話した側から話した実感が無くなった。
離人していることに気付いた。


その病院に精神科は無かった。
受付の女性は地図を出してそこから一番近くの心療内科を丁寧に教えてくれた。
説明は全く入って来なかったけど、優しい人だなと思った。
何度も大丈夫かと聞かれ、大丈夫じゃない頭で何度も頷いた。



病院を出て、教えられた心療内科を形だけ目指した。
もうどうでも良かった。
また車が通れば手が伸びる。
私はそれに引き摺り込まれる。
車に激突される。車が激突してくれる。


最後になって奥さん(母)にだけは、と思った。
奥さんにだけはお礼を言わなければいけない。
こんな子供で申し訳なかった。
こんな私で申し訳なかった。
こんな人間だけど感謝だけは伝えなければいけないと思った。


スマホを握る。奥さんに掛ける。
この時の私の発言はあまりにおかしかったと後から聞いたけど、覚えていなくて、とにかく私は『今までありがとうございました』と言った。
耳元から奥さんの叫び声が聞こえてすぐ様に電話を切った。
吐きそうだった。
私は歩を進めた。


気が付いた時には私は数人の男性に囲まれていた。
両腕を抱えられて室内に通された。
私は必死で『大丈夫です、歩けます』と言ったつもりだったけど言えてなかったのかもしれない。


椅子に座らせてもらい、呆然としているとスーツ姿の男性が何だか騒々しく動き回っては私を囲み、あれやこれやと話していた。
目の前にも男性がいっぱいた。
何かを話しているのは分かる。
でも何を言っているのかは分からない。
私も何を話したのか分からないし、話せているのかも分からない。
そもそもこの人たちは誰なんだろうとボーッとしていると、目の前にいっぱいある顔の中に、知っている顔を見つけた。


彼氏さんだった。



後から聞いた話によると、歩いている私に仕事帰りの青年が声を掛けてくれたらしいです。
そこであまりにも私の様子が変だった為、会社の人を呼び、駆け付けてくれた社員さんたちに抱えられて、その会社にて私は保護されたそうです。
鳴っていた私のスマホにも会社の人が出て対応してくれました。
そして私がずっと震えていたのできっと寒いのだろうと思って、毛布なども用意してくれていたそうです。
真面目に申し訳なく思っています。すみません。


体感的には深夜レベルだったのですが、会社が営業していたのを見ると22時くらいだったっぽいです。
その会社まで迎えに来てくれた彼氏さんは何度も奥さんと電話でやり取りをしていました。
私はボーッとしていました。何の実感も無かったです。


でもやり取りが一通り終わってから、「生きてて良かった」と涙した彼氏さんを見て、私は大変なことをしたのだなと思いました。



っていうのが、去年の話。



ほんの一ヶ月しか経っていないけど、去年の話なんだ。




読んでくれた人、ありがとう。



全ての人にごめんなさい。


生きていてごめんなさい。



じゃあまたにん♡




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